賃金不払が生じる原因

2024年8月22日
賃金不払が生じる原因

【5分で納得コラム】
今回は、「賃金不払が生じる原因」について解説します。

賃金不払が生じる原因

1. 令和5年賃金不払事案

厚生労働省の発表によれば、令和5年に賃金不払が疑われる事業場に対して実施した労働基準監督署の監督指導(立入調査)における賃金不払事案の件数、対象労働者数及び金額は、以下のとおりです。

件数 21,349件(前年比818件増)
対象労働者数 181,903人(前年比2,260人増)
金額 101億9,353万円(前年比19億2,963万円減)

また、件数、対象労働者数、金額の上位3業種は、それぞれ以下のとおりです。

件数の上位3業種
商業 4,407件(21%)
製造業 4,174件(19%)
保健衛生業 3,261件(15%)
対象労働者数の上位3業種
保健衛生業 45,014人(25%)
製造業 41,218人(23%)
商業 25,320人(14%)
金額の上位3業種
保健衛生業 21.1億円(21%)
製造業 15.5億円(15%)
商業 13.9億円(14%)

なお、1事案における最大支払額は2.3億円となっています。

2. 賃金不払の原因は?

賃金不払はなぜ生じてしまったのでしょうか?

賃金不払が生じる原因にはいくつかのものが考えられますが、是正指導事例では以下が取り上げられています。

その① 月60時間を超える時間外労働に対して、法定の割増率(50%以上)を下回る割増率で計算されていた。

労働基準法には、時間外労働や休日労働などをさせた場合の割増率(最低基準)が定められていますが、長時間労働を抑制し、労働者の健康確保や仕事と生活の調和を図ることを目的に、2010年4月1日から、月60時間を超える時間外労働の割増率が「25%」以上から「50%」以上に引き上げられました。

中小企業については、時間外労働抑制のための速やかな対応が困難であり、やむを得ず時間外労働を行わせた場合の経済的負担も大きいことから、当面の間その適用が猶予されていましたが、2023年4月1日から適用されることになり、現在はすべての企業で月60時間を超える時間外労働に対して「50%」以上の割増率が適用されています。

賃金不払を生じさせないためには、法改正情報を常に把握し、それに対応する体制が必要になります。

その② 割増賃金の基礎として算入すべき賃金(役職手当、精勤手当等)を除外して割増賃金が計算されていた。

労働基準法には、割増賃金の基礎となる賃金に算入しないものが定められており、具体的には、家族手当、通勤手当、別居手当、子女教育手当、住宅手当、臨時に支払われた賃金、1ヵ月を超える期間ごとに支払われる賃金としています。当該賃金に該当しない手当などは、その基礎に含めて割増賃金を計算する必要がありますが、それらを含めないことにより、法令で定める割増単価を下回っている場合があります。

賃金不払を生じさせないためには、法令で定める割増単価以上の単価で割増賃金を計算する体制が必要になります。

その③ 一部の労働者に対して固定残業代として、月40時間分の割増賃金が支払われていたが、40時間を超過した時間については割増賃金が支払われていなかった。

時間外労働等の有無にかかわらず、毎月の給与に予め定額で残業代を含めて支給する“固定残業代”の仕組みを導入しているケースはよくみられますが、その仕組みを導入している場合でも、当然のことながら、固定残業代を超える時間外労働等をさせた場合には、差額の割増賃金を支払う必要があります。

賃金不払を生じさせないためには、固定残業代を超える割増賃金を適切に計算して支払う体制が必要になります。なお、そもそも固定残業代の仕組み自体が適切に導入されているかについても確認が必要です。

その④ 労働時間は、勤怠システムにより管理を行っているが、当該システムに搭載された端数処理機能を用いて、日ごとの始業・終業時刻のうち15分未満は切り捨て、休憩時間のうち15分未満は15分に切り上げる処理が行われていた。

労働時間は、端数処理について認められている一部の場合を除き、切り捨てることは認められません。

賃金不払を生じさせないためには、労働時間を切り捨てることなく把握する体制が必要になります。

その⑤ 着用が義務付けられている制服への着替えの時間を、労働時間としていなかった。

労働時間とは、使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、労働時間にあたるか否かは、使用者の明示又は黙示の指示により業務に従事する時間など、客観的にみて労働者の行為が使用者から義務付けられたものといえるか等により個別に判断されます。

賃金不払を生じさせないためには、自社の運用を踏まえて労働時間とすべき時間を明確にし、それを適正に把握する体制が必要になります。


時間の経過とともに運用が変わって賃金不払が生じている可能性もありますので、上記例の点など、自社の運用について点検されることをお勧めします。

執筆陣紹介

岩楯めぐみ(特定社会保険労務士)

食品メーカーを退職後、監査法人・会計系コンサルティンググループで10年以上人事労務コンサルティングの実施を経て、社会保険労務士事務所岩楯人事労務コンサルティングを開設。株式上場のための労務整備支援、組織再編における人事労務整備支援、労務調査、労務改善支援、就業規則作成支援、労務アドバイザリー等の人事労務全般の支援を行う。執筆は「テレワーク・フリーランスの労務・業務管理Q&A」 (共著/民事法研究会/2022)、「実務Q&Aシリーズ 退職・再雇用・定年延長(共著/労務行政研究所/2021)、「判例解釈でひもとく働き方改革関連法と企業対応策」(共著/清文社/2021) など。

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※本コラムに記載された内容は執筆者個人の見解であり、株式会社クレオの公式見解を示すものではありません。

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