資金移動業者口座への賃金支払は可能?
給与のデジタル払いは実現するのか
-
【5分で納得コラム】今回のテーマは「資金移動業者口座への賃金支払」です。
資金移動業者の口座への賃金支払
現金を持たなくてもスマホなどで買い物ができるお店もかなり増えてきましたが、経済産業省の公表によれば、2021年のキャッシュレス決済比率は32.5%となり、2025年までに4割程度、将来的には世界最高水準の80%まで上昇させることを目指す方針が打ち出されています。
このような状況の中、賃金の支払方法についても見直しが予定されています。
1. 通貨払いの原則
労働の対価である賃金が完全かつ確実に労働者本人の手に渡るよう、労働基準法(24条)では賃金の支払方法について5つの原則を定めています。そのひとつが「通貨払いの原則」です。
「通貨払いの原則」とは、賃金は原則として「通貨」で支払われなければならないというものです。これを聞いて意外に思われた方もいるかもしれませんが、法律上は、賃金はいわゆる“現金”で支払うことが原則的な考え方になります。ただし、例外的な取扱いも認められており、そのひとつが本人の同意を得て金融機関への振込みにより支払う方法です。
*労働者の同意を得た場合は、次の①又は②のいずれかによる賃金支払いも可能- ① 当該労働者が指定する銀行その他の金融機関に対する当該労働者の預金又は貯金への振込み
- ② 当該労働者が指定する金融商品取引業者に対する当該労働者の預り金への払込み
現状では賃金を現金で支払っている割合はかなり減っていると思われますので、多くの場合が例外的な取扱いをしている状況にあるといえます。
2. 資金移動業者の口座への支払い
スマートフォンの普及に伴い、「〇〇ペイ」などの資金移動業者を通じた取引が増えつつありますが、キャッシュレス決済の普及や送金サービスの多様化が進む中で、資金移動業者の口座を賃金受取に活用したいというニーズも一定程度見られることから、法令改正の検討がなされてきました。
そして、2023年(令和5年)4月1日から、次の①~⑧の要件を満たすものとして厚生労働大臣の指定を受けた資金移動業者のうち、労働者が指定した資金移動業者の口座への賃金支払を可能とする省令改正が予定されています。
- ① 賃金支払に係る口座の残高(以下、口座残高)の上限額を 100 万円以下に設定していること又は 100 万円を超えた場合でも速やかに 100 万円以下にするための措置を講じていること。
- ② 破綻などにより口座残高の受取が困難となったときに、労働者に口座残高の全額を速やかに弁済することができることを保証する仕組みを有していること。
- ③ 労働者の意に反する不正な為替取引その他の当該労働者の責めに帰すことができない理由により損失が生じたときに、その損失を補償する仕組みを有していること。
- ④ 最後に口座残高が変動した日から、少なくとも 10 年間は労働者が当該口座を利用できるための措置を講じていること。
- ⑤ 賃金支払に係る口座への資金移動が1円単位でできる措置を講じていること。
- ⑥ ATMを利用すること等により、通貨で、1円単位で賃金の受取ができ、かつ、少なくとも毎月1回はATMの利用手数料等の負担なく賃金の受取ができる措置を講じていること。
- ⑦ 賃金の支払に係る業務の実施状況及び財務状況を適時に厚生労働大臣に報告できる体制を有すること。
- ⑧ 賃金の支払に係る業務を適正かつ確実に行うことができる技術的能力を有し、かつ、十分な社会的信用を有すること。
なお、資金移動業者の口座へ賃金支払を行う場合には、労働者が銀行口座又は証券総合口座への賃金支払も併せて選択できるようにするとともに、資金移動業者の口座への賃金支払について必要な事項を説明した上で、当該労働者の同意を得なければならないとされています。
労働者にとっては賃金受取方法の選択肢が増えることになり利便性が高まりますが、事業者にとっては賃金支払方法の選択肢が増えれば事務手続きも煩雑になりますので、省令確定後、今後公表されるであろう詳細情報も確認しつつ、自社で当該支払方法を選択肢として設けるか否かの検討が必要になりそうです。
執筆陣紹介
- 岩楯めぐみ(特定社会保険労務士)
-
食品メーカーを退職後、監査法人・会計系コンサルティンググループで10年以上人事労務コンサルティングの実施を経て、社会保険労務士事務所岩楯人事労務コンサルティングを開設。株式上場のための労務整備支援、組織再編における人事労務整備支援、労務調査、労務改善支援、就業規則作成支援、労務アドバイザリー等の人事労務全般の支援を行う。執筆は「テレワーク・フリーランスの労務・業務管理Q&A」 (共著/民事法研究会/2022)、「実務Q&Aシリーズ 退職・再雇用・定年延長(共著/労務行政研究所/2021)、「判例解釈でひもとく働き方改革関連法と企業対応策」(共著/清文社/2021) など。
-
≪岩楯めぐみ氏の最近のコラム≫
※本コラムに記載された内容は執筆者個人の見解であり、株式会社クレオの公式見解を示すものではありません。