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タレントマネジメントの現実解・前編

2016年6月15日

外資系クラウドサービスの日本上陸などを背景に、HRM市場では2011年頃から「タレントマネジメント」が脚光を浴びてきました。ある統計では、2012年にはタレントマネジメントシステムの市場規模は300億円にまで達していましたが、2015年頃から、その勢いは沈静化しつつあるようです。今回は、タレントマネジメントシステムの市場成長を妨げる要因と、タレントマネジメントへの取り組み方について、実際に人事業務に携わっている人事担当者の声をご紹介します。





1. ニーズ(課題形成・解決策)が定まらない日本のタレントマネジメント

日本のタレントマネジメントは、もともと欧米企業の発想から生まれた人材マネジメントの概念を、日本企業がいかに咀嚼し、日本の文化にあうマネジメント手法へ確立させられるかが鍵でした。しかしながら、日本企業にあうタレントマネジメントの定義が確立するよりも先に、いろいろなビジネスモデル(システムやコンサルティング)が乱立したため、ユーザーはニーズ(あるべき姿に対する課題形成)を捉えることができず、結果的にタレントマネジメントシステムの市場成長の勢いを沈静化させたのかもしれません。

一方、「労務対策と生産性向上の両立」や「採用から育成にシフトした人材確保」、「退職リスク分析によるコスト削減」といった人材分析ニーズの移り変わりや、「グローバル化を背景としたダイバーシティの推進」「ワークスタイルの変革」「人材ビッグデータ解析やHRテクノロジー」といった新たなトレンドが、これからの企業の成長戦略において、タレントマネジメントを重要な施策に位置づけていることも事実です。そこで、改めて、タレントマネジメントとは何か、タレントマネジメントをどう実現したいと考えているのかを、実際に実務に携わる人事担当者の声をもとに整理しました。すると、「本来あるべきタレントマネジメント」と「会社に受け入れられやすいタレントマネジメント」、「会社から強いられるタレントマネジメント」の3つに分類されることがわかりました。



2. 本来あるべきタレントマネジメント

人事業務に携わる人事担当者は「人時生産性の分析力の強化」を、人事部がおこなう本来あるべきタレントマネジメントと捉えている傾向があるようです。これは、一人一人の生産性を分析する上で、現場の評価結果や業績と連動した定量データによるスコアリングだけでは不十分であると感じているためです。特に、現場の評価結果には上司の主観が入るため、人事部独自の観点と手法で、客観的かつ公平に従業員のパフォーマンスを評価し、正しく課題形成することが重要であるとしています。いわゆる、人材ビッグデータ解析といった、社員の特性を多面的に幅広い観点からデータ化し、最適な人員配置や育成プランへ導くことを、人事部としておこなわなければならないという考え方です。ただし、人材ビッグデータ解析については、データアナリティクスの専門家による専任体制を維持できるような一部の大手企業の話であり、仮に実践している企業でさえも、実際は「多々ある人事施策の+αの要素でしかないのでは?」といった認識が一般的のようです。しかしながら、大半の人事担当者の意見としては、人材ビッグデータ解析は本来あるべきタレントマネジメントではあるものの、「データアナリティクスのスキル不足」や「リソース不足」、「過去歴が分散化している人事データベース」といった人事部内の課題が足かせになっていると感じているのが本音としてあるようです。



3.会社に受け入れられやすいタレントマネジメント

経営や現場管理者のための人材検索機能を、会社に受け入れられやすいタレントマネジメントシステムとする意見があります。人材検索機能の用途としては、組織再編や新規プロジェクト発足時のメンバーアサインといった[求める人材を探すため]と、超過勤務者や業績の悪い従業員を特定したり、幹部候補生の把握といった[個人を簡単に特定するため]の二通りにわかれます。そして、「情報提供のスピード感」、「新しいツールを導入したというわかりやすさ」、「安価で手軽なサービスが増えてきた」といったことから、タレントマネジメントシステムとしてメジャーになりつつあります。一方で、検索のもととなる人材データベースのメンテナンスが追いつかず、結果的にはシステムだけでは完結できないのでは?といった否定的な声も少なくありません。更に、人材検索は、タレントマネジメントと定義するまでもなく、すでに何らかの形でこれまでにも人事部が対応しており、新たなツールを導入しても、それを使いこなそうとしない利用者側の意識を問題視する意見もあります。



4.会社に強いられるタレントマネジメント

主に経営報告のためのレポート作成やルーティンで発生する、関連システムとの連携のためのデータ加工作業を指しています。特にレポート作成にいたっては、求められる切り口が多岐にわたるため、人事システムの出力機能だけでは完結できず、EXCELなどのベーシックなツールを駆使しているのが一般的です。以下にレポート作成/データ加工作業の代表的な例をご紹介します。尚、あえて「強いられている」という表現をしていますが、個人が入社して退職するまでの経歴を管理し、必要な時に必要な情報を提示することは人事部の責任であり、「地味で大変だけど大事な業務」と認識した上での意見であることを付け加えておきます。


①経理向けデータ作成(人件費按分データ作成等)
システムから抽出したデータに対して、余計な情報を省いたり、サブシステムで管理している情報を付加したりするデータ加工作業です。人事システムのデータ抽出の柔軟性や、管理会計で必要とする分析項目によって、手間のかかる範囲は変わります。

②人件費の予実分析
期首にたてた人件費の予算に対する毎月の差異分析です。差異がでている場合には、組織、個人単位で原因を特定しなくてはなりませんが、通勤手当や役職手当、家族手当といった変動給の有無や、健診料の清算が無いか受診データと突き合わせるなど、予実分析をするために配慮しなければならない点が多く、手作業で対応しているのが一般的です。特に、人件費が原価の大半を占める業種や人の出入りが多い業種にとっては、より高度な分析を求められる傾向にあるため、人事部の負担は大きくなる一方のようです。

③各種人員表の加工
経営報告資料用の加工作業は様々ですが、最近では年齢別、所属別といった各種在籍人員表に対して、「これは誰?」といった経営からの質問に備えて、資料上に個人名を追記する作業が増えているようです。そのため、表としての見易さにも配慮するためのレイアウト加工など、更に余計な手間が発生しています。

④超過勤務者分析
労務対策として一般的なレポートになりますが、超過勤務の傾向が高い部署については、原因究明と対策実施の有無、その結果も併せてまとめるといった手間が増えてきています。

⑤退職率/有給消化率分析
同じく、労務対策として必要なレポートになりますが、関連する業界団体への提出や、新卒採用のための開示用資料に展開するための加工作業があります。

⑥情報開示のためのデータ作成
障害者・高年齢者の雇用状況報告や女性活躍推進法にもとづき実施した施策の進捗状況の把握・外部への情報公開といった法制度に対応するものや、監査対応のための資料整備など、情報開示のための加工作業も増える傾向にあります。



5.タレントマネジメントの現実解

このように、タレントマネジメントの定義は様々であり、それぞれの懸念点や課題をどう克服し、どこに注力していくのか、会社としての方針をきちんと固めておかないと、たとえ、何かしらシステムやサービスを導入したとしても、経営者、現場管理者、人事部の足並みは揃っていなければ、成果はなかなか得られないのではないでしょうか。特に、「会社に強いられるタレントマネジメント」として紹介した、レポート作成業務にかかる人事部の負担は深刻です。専任者をたてたり、予め別の切り口の資料も用意して、突発的な要望にもすぐに応えられるようにするなど、膨大な手間をかけているのが現実です。しかもこれらの業務は「地味で大変だけど大事な業務」である以上、先ずは、属人化になりがちなレポート作成業務の標準化や後回しとなっていた過去歴の移行といった、レポート作成業務の効率化対策に着手し、最終的に「本来あるべきタレントマネジメント」に繋がるロードマップを敷くことが、正しいタレントマネジメントの第一歩であり、人事部にとって、今時点で認識しなければならない現実解なのではないでしょうか。

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